< 2006年10月 >
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生きるのに宗教が必要な人ってこわれている

人間として壊れているのだと多います。もしくはパラノイア的でそのパラノイ ア的部分を自覚しているとか。

まあ、わたしがかなりパラノイア的な性質ですね。。結構やばい性格している。。

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書く事あっても書く時間がない

どんどん時間がつまっている気がする。というか根源は体力がないのが原因ですね。。。

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家につくと安心してしまう

そのまま死んでしまったらどうしよう。とにかく祈ろう。

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すくわれる必要があるのか

自分が壊れそうな事ってはかなり強く自覚する物です。それは自分にしかわか らない危機です。そとからはどうやってもわからない。

でもそれはただの弱さでもあるのは事実。

そう簡単に壊れるわけはない。

しかし危機は危機なのだからどうしようもない。人によって受ける衝撃が違う という事実は認めないとならない。

どちらにしても終りはどのような形であったとしてもいつかは来るものです。

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死さえも救いにならない

人にはそういう時もある。死が決っして救いにならない立場であったり、親が いたり。それが罪だとわかる。

死そのものが罰。どうやって逃げれば良いのか。逃げる事さえも罪なのだから。

生も死も救いの場がないなら、それはどうしようもない。そして救いをなんら かの祈りに託すか狂ってしまうか、選択肢は限られる。

おそらくそういう事は他者に理解される事はない。

それが他者が決して真の意味で宗教を理解できない理由。

選択肢があまりない。ただ祈りをささげ、狂っていくのを静かに見守るのみ。 それはまるで他人のように。

だからといってあきらめる事は罪。そこに何も救いはない。

あああ、まだ生きなければならない。

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